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| 三菱養和会設立に際して |
| 会長 岩崎小彌太 |
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和を養い和を貴ぶは三菱所属社員の伝統的精神なり。
事業に各種の分化あり組織に各般の分系有りと雖も、
社員相互、相和し相睦び、協力一心、社務に鞅掌し、因て以て国家の公益、
民人の福祉に寄与せんとするは、創社以来不動の信条たり。
是を以て本社の前身、三菱合資会社の時代に於ては早くも各地に於て
社友親睦の諸設備を為し、大正3年9月に至りては、更に時勢の進運に顧みて
其施設を整備し、旧来各支店其他鉱山炭坑造船所等各部局に散在せる
社交機関を横断的に統一し、茲に三菱倶楽部を設立するに至れり。
本部は之を本社内に置き、支部は之を主要都市並に各事業所に設く。
斯くて倶楽部に於て経営挙行せる諸事業は機関雑誌の発行、講演会の開催、
体育運動の励行、社員並に其家族の為めの慰安保健を目的とする休養寮舎の設立等、
其種目二三にして止らずと雖も、要は社員各自が之に由りて
健全なる身心を錬成し、上和下睦、総力を挙げて以て奉公の実を
期するに在り。爾来20幾星霜、倶楽部は日に月に其内容を充実し、
今日に於ては、支部の数約60、休養寮舎其他の施設の数90余、而して
設立当初僅かに3千3百を数へたる会員は、今や其数実に2万有余を算するに至れり。
時局の急転と社運の隆昌とは更に組織の拡大強化を要請す。
是に於て今次また倶楽部の制度を廃して、改めて財団法人三菱養和会を設立し、
其事業一切を三菱社より分離して、之を独立の機関と為せり。
思ふに理想と信条とに本づける不動の趣旨方針は両者素より其の揆を一にすると雖も、
事業の維持拡張は之に由りて更に一段の便益を保証せらるべし。
刻下邦国の情勢は内外一致、上下の戮力の待つ。
此の時に当り我三菱所属社員諸君が常に伝統の精神に回顧し、
先づ社内の和を養ふて然る後億兆一心の大和に貢献せんことは
予の切に翹望して止まざる所なり。 |
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| 昭和16年2月 |
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